姫路顕栄教会

2010 年7月の聖句PDFファイル

「初めに、神は天地を創造された
創世記第1章1節








〜 生き方が変わる 〜


 教会には時々悩みを抱えて来られる方がおられます。ある人はわたしにこんな質問をされ ました。「わたしは何故この世界に生まれてきたのでしょうか。」と。また別の人は「何のために人は生きるのですか。」と。どの質問も難しくて、わたし自身 も同じ質問に悩み苦しんだことがあります。しかし、どんなに考えても答えは出てきません。
 ところが、ある日、わたしは激しい衝撃を受ける体験をしました。本棚の片隅でほこりをかぶっていた聖書をふと開いて読んだのです。その聖書に 出てくる最初の言葉が「初めに、神は天地を創造された。」でした。この言葉を読んだとき、全ての悩みが一瞬にして解決したと思いました。そうか、すべての ものは神様によって造られたのか。だから、わたしも神様によって造られ、命が与えられて、今、ここに生きているのだな。それでは、この世界でわたしが生き ていく目的は、わたしを造り、見守って下さる神様に感謝と賛美をするためなのだな、ということが分かってきたのです。天地万物を創造して、わたしたちを守 り導いて下さる方が生きておられる、ということはわたしにとってとてつもなく大きな発見でした。それからのわたしの生き方は180 度変わってしまいました。わたしが、自力でがんばって生きていく生き方から、いつも神様によって生かされていることを感謝できる生き方になったということ です。

 1995年1月17 日といえば阪神淡路大震災が起きた日です。当時、わたしは高知の教会で働いていました。その日は高知も震度4の揺れを感じましたが、ニュースで神戸の惨劇 を目の当たりにしてビックリしました。それから三日後、四国や中国地方の教会の牧師たちは、姫路に集まって、姫路の教会が用意して下さったバイクとガソリ ンの入った小型タンクをもって神戸市内に入り救援活動に当たったことを昨日のことのように思い出します。確かに、人間はこのような大地震に見舞われると驚 きます。なぜなら地面が揺れるなどということは人知を遙かに超えているからです。しかし、江戸時代のある学者は次のように言いました。「人はゆれる大地に 驚いて、なぜゆれぬ大地に驚かぬ。」と。人間はゆれる大地には驚くけども、どうしてゆれない大地には驚かないのですか。自分が、今、立っている大地。これ は紛れもない事実です。ものがあるということは、誰かがそれを造ったのです。この学者は、地震のような表面的な目に見える事実よりも、わたしたちが立って いるこの大地を造られた方
が、その背後におられることこそ驚くべきことではないかと言っておられるのです。
現在、わたしたちの周りには美しい花がたくさん咲いており、またおいしそうな木の実がたくさんなっています。これらも全て神様が創造されて育てて下さっているのです。全てのものの背後で、全てのものを見守っておられる方がおられることを覚えて下されば幸いです。

チャプレン 日本聖公会 司祭 ヨハネ 芳我 秀一


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