姫路顕栄教会

2010 年4月の聖句PDFファイル

「キリストはよみがえられた
Tコリント書第15章20節










  満開だった桜も散り始めましたね。しかし、春は新しい命をはぐくみ、新しい生活が始まる大切な季節です。ご入園の皆さんまた保護者の皆さん、おめでとうございます。これから毎月ご一緒に聖書のみ言葉について学んで参りたいと思います。
 春になると四国ではお遍路さんの旅する姿をよく見かけます。お遍路さんとは四国にある88カ所のお寺を順番に歩いて巡礼する人々です。昔は病 気が癒されるとか、願い事がかなうと言われていましたが、現在では自分自身を見つめ直したり、新しい出会いを求めて旅をしておられます。このお遍路さんの 間で昔から語り伝えられている言葉があります。それが「同行二人(どうぎょうににん)」です。その意味は、お遍路さんは一人で旅をしているようにみえて も、実はいつもお大師様(真言宗の開祖の弘法大師)が側にいて寝食を共にしながら旅をしておられ、そして人々を真の人生の目的地へ導いてくださるというの です。
 これと似た話が聖書にも出てきます。それが十字架で死んでよみがえられたイエス様です。教会の人々はいつもイエス様が側にいてくださると信じ ています。だから、わたしたちは決して「ひとりぼっちではないよ」「さみしくないよ」と感じながら生活できるのです。今月の聖句は聖パウロという弟子が二 千年前に書いた手紙の一部ですが、きっとパウロも同じように感じていたのでしょう。
 さて、イギリスの首都ロンドンの中心部に参りますとセントポール大聖堂がそびえ立っています。30年前にチャールズ皇太子とダイアナさんが結婚式を挙げられたところです。その大聖堂の奥のサイドチャペルの壁には「世の光」と呼ばれる大きな絵が飾られています。
 その絵には、夜、王冠をかぶったイエス様が、左手にランプを持ちながら、右手である家のドアをノックしている姿が描かれています。ところが、そのドアに は取っ手がありません。だからイエス様は自らドアを開けることはできません。ノックを聞いて内側からしか開けることができないのです。実はこのドアはわた したち人間の心のドアです。現在も生きておられるイエス様はわたしたちの側におられて心をいつもノックしておられると言うことです。わたしたちはそのノッ クされる音がしっかりと聞こえているでしょうか。ところでイエス様を心にお迎えしたからといって病気がなおったり、苦しみから逃れられるなどということは ありません。むしろイエス様を信じたために苦しみが増すと思います。しかし、どんな状態であってもイエス様はわたしたちの側におられて支えてくださり苦し みに勝る大きな安らぎを与えてくださるということです。
よみがえられたイエス様に感謝します。

チャプレン  日本聖公会 司祭 ヨハネ 芳我 秀一 
                                              


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