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| 2007年8月の聖句 | PDFファイル | |||
| 「わたしは、いのちである」 | ヨハネ 13:6 | |||
| 今夏、長崎の原爆資料館を訪ねた時のことです。「ピース・ボランテイア」という Tシャツを着ておられた御老人が、僕の知らなかったこんなエピソードを教えて 下さいました。(別れ際にわかったことですが、御自身も長崎原爆の被爆者でした)。 「あなたは、キリスト教の方ですな。なら、マザーテレサさんは御存知ですね。以前、 マザーテレサさんがこの原爆資料館をお訪ねになったとき、私もその場にいました。 長崎でのスケジュールがぎっしりの、マザーさんのこの資料館での滞在時間は予定で は 30分くらいしかありませんで、わたしたちは、できるだけ沢山の展示を見てもらおうと、ソワソワ、イライラしていました。しかし、マザーさんは、この写真 の前まで来られると、その足をピタッと止められ、動かれなくなくなりました。その時間は10分以上だったと覚えています。そして、こう言われました。」 「もう、私にとって資料館見学はこれで十分です。私たち、そして世界の指導者はこの子どもの、声なき声に、耳を傾けなければいけません。祈りましょう」。 そ の、写真とは、長崎原爆投下の翌日に撮影された写真でした。今から62年前、1945年の8月9日の朝、長崎の町で遊んでいた一人の子どもが、一瞬にして 真っ黒ろ焦げの塊になってしまったその一枚の写真、マザーにとっては、原爆の威力とか、政治的背景とか、科学的な分析とか、そんなことよりも、原爆によっ て、神さまの愛そのものである一人の子どもの生命が破壊されたことだけが、長崎原爆資料館訪問の、唯一の関心事だったのでしょう。 ミカエ ル幼稚園の子どもは平和を愛する子どもです。しかし、誰かを愛するためには、私たちは、何よりも先ず、お互いに知り合わなければなりません。そうですよ ね、わたしたち人間は、知らない誰かを愛することなど、できないのです。お友だちを知る、先生を知る、お父さん、お母さんを知る、近所のおじさん、おばさ んを知る、先ず、相手を知ること、出会うこと。ミカエルの平和教育は、そこから始まります。そして、いつの日にか、神さまを知り、出会うこと・・・。 キリストの平和 | ||
| Copyright(C)2007 藤井 尚人 |